ピアニスト松田真人による「ウィスパリング・シリーズ」作品解説
ピアニスト松田真人による、新ピアノ・シリーズ『ウィスパリング・ピアノⅠ/II/III』のリリースを記念し、カバータイトル全6曲各曲の解説を公開!
ピアニスト松田真人さんに、本シリーズのテーマ『ウィスパリング(ささやき)』を根底にした編曲過程に加え、表現者としての音楽に対する思いや、演奏に関する秘話などを踏まえ、多くを語っていただきました。
ピアノの演奏会で取り上げても、充分な内容の作品に
今回の作品は、これは僕の個人的な気持ちですが、それこそ歴史上の大作曲家であるドビュッシーの前奏曲集(ピアノ独奏曲集)の第1巻&第2巻(「雪の上の足跡」「亜麻色の髪の乙女」「沈める寺」、そして「花火」等の作品が収録されています)のように、音楽的にもクオリティの高い、そしてピアノの演奏会で取り上げて弾かれても、充分聴くに耐えるような内容の作品にしたいと考えました。
「えっ、ちょっとそれは大袈裟じゃない?」と考える向きもあるかも知れませんが、(正直に言うと)僕はそのように考えた訳なんです。そして演奏の難易度は、それほど難しく(高く)無い程度にと言う事です。つまりは、単純にヒーリング・ミュージックの範疇で捉えたくなかったのです。(勿論一番大事なのは、ヒーリング・ミュージックである事に変わりはありませんが・・・)僕も日本の音楽業界で長年に渡り色々と活動をさせて頂いた中で培って来た、ピアノと言う楽器に対する思いやピアノ音楽への造詣のようなものが自分の中で少なからず構築されて来ていると思っているので、このような思いに至ったのだと思います。
収録曲について
1. A Time For Us
この楽曲は、誰もが知っているような世界的な名曲で、本企画の当初から提案が あった楽曲であり、当初は直ぐにイメージが浮かんで来た訳ではありませんでした。そして作業に入るにあたって、自宅にあるポップスの名曲集のような楽譜集を引っ張り出して来て、この曲をピアノで弾き始めて行く中で、今回の作品が出来上がりました。この曲のオリジナルは、シンプルな和声/コードを使っています。この曲のオリジナルの和声/コードはもう既にみなさんも良く知っていらっしゃると思いますので、僕がそれをどのようにリハーモナイズしたのかを感じ取って聴いて貰えると、より楽しめる/面白いのではないかと思います。上記で説明をした以外にも、テンションが効いた和声/コードを所々で聴く事が出来ます。そしてテーマの後には、気持ちを落ち着かせるような新たな後奏を付け加えています。
*コード(Chord)
音楽に於いて、高さの異なる二つ以上の音が重なった状態を「コード(和音)」と言います。二つ以上の音を同時に鳴らす事で様々な響きのサウンドを得る事が出来ますが、それが「コード」と言う概念です。
*リハーモナイズ/リハーモナイゼイション(Reharmonization)
元のコードを置き換えたり、新たなコードを付け加えたりしながら、コード進行を再構築していくアレンジ手法のこと。通称「リハモ」と言います。
*テンション(Tension)
「緊張」の意味で、主にジャズなどで、和声を構成する基本的な音の上に、一個以上の非和声音が積み重ねられるものを言います。特有の緊張感を出す為に用いられます。テンション・ノートとも言います。
2. Interstellar
映画は既に鑑賞済みで面白く拝見させて貰いました。参考になるような音源を聴くと、幾つかの楽器(ピアノ、チェロ、オルガン等)がその時々でメロディーを奏でているので、それをピアノ一台で、それぞれの楽器がメロディーを奏でている音域なども念頭を置きながら、ピアノ一台で演奏が出来るようにアレンジをして行きました。
オリジナル曲そのものの演奏時間は4分を優に超える内容なので、プロデューサーのリクエストに沿い、途中の部分を意図的に削除をして時間の調整もしました。(このようにサイズの調整に付いての打ち合わせは何度かありました)最初に出来たデモ音源を聴いて貰い、演奏の終盤で最初のテーマが再現されるシーンで「(その部分で)松田さんならではのリハーモナイズをしてみるのは、どうでしょうか?」とプロデューサーよりアドバイスがあったので、終盤にはオリジナルのハーモニーに、僕ならではのリハーモナイズを施しています。アドバイスのお陰で、音楽的にもより豊かな雰囲気になったように思いました。
3. Playing Love(愛を奏でて)
本企画の1曲目から4曲目までの楽曲はどれも映画音楽であり、この曲も「海の上のピアニスト」という映画のテーマ音楽です。僕は当時実際に劇場で観ていて、4曲目の「シンドラーのリスト」同様に好きな映画音楽の一つです。以前自分のピアノ・ソロ・ライブでも取り上げて演奏をした事がある位です。
そしてこの曲をどのようにアレンジ/演奏をしようかと思いながらも、最初に出来上がったデモ音源は、最初からインテンポで淡々と弾いているような仕上がりになり、「1回目のテーマの演奏を、例えば「奇跡の夜」(「眠りのジャズ」に収録されている僕のオリジナル曲です)のような雰囲気(テンポ・ルバートで弾いている感じの曲です)のピアノで弾いて貰う感じは、如何でしょうか?」というプロデューサーからの意見がありました。
この「奇跡の夜」と言う曲は、当時アドリブで弾いて録音をした曲で、そう言った兼ね合いもあって終始自由なテンポ感で、その時の雰囲気で弾いている曲なんですね。更に音域をオクターブ上の高い音域で弾く感じはどうでしょうか?と言うリクエストもあって、その辺にも考慮をした結果、今回のようなアレンジ/演奏になりました。これも的確なアドバイスがあったお陰で出来上がった、より素敵なテイクだと思っています。そして2コーラス目は半音上に転調をして、例によって部分的にリハーモナイズを施すような内容になっています。
*テンポ・ルバート(Tempo Rubato) クラシック音楽などで使われる用語で速度記号の中の一つ。イタリア語の自由な速さで、と言う意味の言葉で、テンポを揺らして演奏する時にも用いられます。
4. Schindler‘s list(シンドラーのリストのテーマ)
この映画も勿論何度か観て、それはもう感動して涙腺が緩みっぱなしでした。そしてジョン・ウイリアムズのテーマ音楽(メロディーはヴァイオリンが奏でていましたね)がこれまた魅力的で、実は以前、自宅録音でこの曲を一度録音した事がある位です。
その際には、前半ではオリジナル曲を踏襲し、後半はジャズ・テイストのピアノ・トリオでアドリブを収録するように録音をしました。ですが今回はヒーリング・ミュージックとしてのアレンジのため、サイズはオリジナルのまま、ハーモニーも基本的にはオリジナルに沿い、細部を少しリハーモナイズする事にしました。
ソロ・ヴァイオリンによるオリジナルの物悲しく切ない雰囲気を、ピアノで上手く表現出来るかと言うところにも集中して演奏/録音をしています。
5. Scarborough Fair
誰もが知っているサイモン&ガーファンクルの名曲で、映画「卒業」のテーマ・ソング。この曲も「ロメオ&ジュリエット」(A Time For Us)同様どのようにアレンジをしようか、と当初思いを巡らせた楽曲でしたが、自宅にあるポップスの曲集からこの曲を見つけ、兎に角ピアノの前に座って弾き始めると、最初の数小節感で自分でもちょっと面白いアプローチのフレーズ(この曲の3/4拍子に対して、譜割りが付点4分音符のフレーズの事です)が浮かんで来たんですね!それをキッカケにその後は筆が進んだ曲です。
「Scarborough Fair」は、本企画の中で、最も静かで音数を少なくしたいというオーダーがありました。
サイモン&ガーファンクルのオリジナルは、ポール・サイモンのフォーク・ギターのアルペジオを中心としたシンプルで幻想的な雰囲気のサウンドになっていますが、僕はそれを部分的に大胆にリハーモナイズしてアレンジを施しました。
特に3コーラス目のテーマは、右手で奏でるメロディーに対して左手の低音が主に2拍目にEの音でオスティナート風な音符を奏でています。
*オスティナート(Ostinato)とは、音楽で一定の音型を何度も反復する技法、或いは、ある種の音楽的なパターンを続けて何度も繰り返す事をさします。
最初のデモ音源に対してリクエストは、
①リハモの部分に関して、もう少し原曲/オリジナルに寄せる部分を増やす。
②それと音数をもっと少なくする。
以上の2点に付いて修正を加えて、現在のような最終的なアレンジ/サウンドになりました。修正を加える前のアレンジ/サウンドは、メロディーよりもリハモしたモダンなハーモニーでしたが、確かにこの曲のメロディーよりも印象が強く残るような感じでしたね。この曲でもプロデューサーによるアドバイスが効いていると思います。
6. The Parting Glass
オリジナルを何度か聴き込んで行く中で、ハーモニーに関しては基本的には殆ど変えずに(民謡なので素朴な感じを大切にしようと)、演奏の仕方でこの曲の雰囲気を醸し出すようにしようと考えるようになりました。
その演奏の仕方で「決め手」になったのは、オーダーの中に「別れを惜しむように」と言う文章表現があり、メロディーをテンポ・ルバートで弾く事で、寄せては返す波のように全体のテンポを揺らして弾く事で「別れを惜しむような感じ」を表現しようと試みるようにしました。
テーマを2回繰り返すにあたって、2コーラス目は半音上に転調をして、その際テーマの後半部分でメロディーの一部分の音域をオクターブ上で弾くようにもしました。更に、テーマを2回弾き終えた後に新たな部分を考えてそれを付け加える事で、別れた後の「寂寥感」のような感情を表現しようとしました。それとこの曲の演奏に付いては、テーマのメロディーとそれに伴うコードを譜面に書いただけで、テンポ感の揺れや左手の伴奏を含めて、全体を通してアドリブで弾いています。その方が「別れを惜しむように」の雰囲気がより醸し出されると思ったからに他なりません。
――テレビドラマの劇伴の演奏や、様々なアーティストのライブメンバーとしてなど、多岐に渡る活動をされている松田真人さん。
今後もご活躍を楽しみにしております。ご解説ありがとうございました!
(記:メディア事業部)
シリーズ好評につき、第四弾以降の制作も現在進行中!
第四弾目以降は、ファン待望のオリジナル曲での配信リリースを予定しています。松田真人さんの魅力を更に深く堪能できるオリジナル曲を近日配信予定。(Coming Soon!)
松田真人(Masato Matsuda)
-Profile-
北海道小樽市出身。
ピアノ/キーボード/シンセサイザー/作・編曲/プログラミング/ヴォーカル
国立音楽大学教育音楽学科第1類を首席で卒業後、都立高校音楽教員を経てミュージシャンへ。
1985年バンド「パラダイム・シフト」に参加、3枚のアルバムを発表。1992年にはバンド「パラドックス」の1stアルバムに参加。
ライブ・サポートは、安全地帯、因幡晃、叶正子、辛島美登里、来生たかお、千住明、谷村新司、玉置浩二、ピンク・レディ、濱田金吾、ボブ佐久間、村下孝蔵、山下達郎、渡辺真知子など、バンド編成や小編成、そしてオーケストラに至るまで多種多様。
レコーディングでは、梶浦由記、Kinki Kids、鈴木雅之、竹内まりや、田中公平、羽岡佳、福山雅治、松尾早人、若草恵、その他多数に参加し、アーティストの録音から映画やドラマのサウンドトラック、CM等、幅広い。
近年では毎年秋に、東京と大阪で「ピアノ・ソロライブ」を開催している。